メアリ「――え?」
骨を砕くような、鈍い音。
否、消えたという表現は正確ではない。
瞬きをする程度の刹那、天井から降り立ったなにか。
闇から染み出た異物が赤い双眸をぎらつかせ、目の前の彼に喰らいついていた。
メアリ「あ、あぁ……」
手足まで完全に飲み込まれ、彼の姿が確認できない。
――
あれはなに?
少なくとも生物ではない。
表現するならば、意思を持った臓腑。
全身から垂れ流される腐臭に気がおかしくなりそうだ。
異端が脈動するたびに聞こえるのは、声とは思えない空気の振動だった。
『よくもお前、お前がいたから、歯車が狂った。
お前がいなければ、あのお方は眠りにつかなかった。
助けてやった恩を忘れ、我が主の護る領地を荒らし、アルトメイデンを穢した愚かな人間。
挙句の果てに自分が貴族だと?
図に乗るな劣悪種。屍食鬼が身の程を知れ。
己の過ちを自覚しろ。罪過に焼かれ朽ち果てろ。
お前の魂は輪廻に還しなどしない。
殺してやる。
何度生まれ変わっても必ず殺す。僕が何度でも殺してやる。
未来永劫苦しみ続けろ。それがお前の輪廻だ――ッ!』
メアリ「……っ」
わかったのは、この異端が悪意を凝り固めた負の存在だということ。
その口から漏れる言語のようなものはなにひとつとして理解できないが、
含まれた憎悪だけは嫌というほど感じた。
メアリ「い、や……」
わからないわからないわからない。
なにが起こっているのか目の前の光景を現実として受け入れられない。
本当はまだ悪夢の一環なんじゃないのか。
メアリ「もう、いや……」
私がなにをしたというの。
人生は常に悪い目しかでない。なにもかもが貧乏籤だった。
これが私の業か。友人たちを危機に陥らせ、人としての生を奪った罰なのか。
メアリ「誰か、お願いよ……」
いつになったら悪夢が終わるの?
いつになったら赦されるの?
誰か……、神様でも悪魔でもいい。
誰でもいいから、どうか――
メアリ「助けて……」
直後、焼け付くような音が重なった。
『あ亜呼3#あアアE@Ааааааアアア――――ッ!』
耳をつんざく奇声が地響きまで引き起こす。
歯を食いしばり、目眩に耐えながらどうにか身体を起こした。
今のは異端の叫びなのだろうか。
なにが起こっているのか。
彼はどうなったの――?
視界にとらえたものは奇怪なオブジェだった。
歪な異端の身体から、まごうことなき人間の腕が這い出していた。
伸ばされた、右手。
その指先が真っ直ぐに私へ向けられていた。
メアリ「……っ!」
『 メ 、 ア 、 リ 』
闇に飲まれた『彼』と、救いを求め伸ばされる手。
知っている。見覚えがある。
目の前の光景が、あの日と重なる。
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子供だったなどいいわけにしかならず、取り返しのつかない結果を招いた。
『領主様のお城に行ってみたいの』
幸福に酔った能天気。無邪気を盾にした罰当たり子。
自分をお姫さまと勘違いしていた愚者は、自身の引き起こした悪夢に彼らを巻き込んだ。
影に飲み込まれる友人を前に、私はなにもできなかった。
大切な人たちを救えなかった。
オーギュスト「メアリ、逃げるんだ!」
オーギュスト「こうなったらせめて君だけでも」
ヴィクトル「お前だけでも逃げろっ」
メアリ「いやだよ、二人を置いていけない!」
メアリ「ヴィクトル、オーギュスト!」
彼がいなくなる。消えてしまう。二度と会えなくなる。
『死』という概念に対しても彼から学んだ。
次第に枯れていく花壇の花を止めるすべはないのかと問うたのが初めだった。
死は終焉。行き着いた旅の果てに待つ、永遠の眠り。
難しい単語を連ねて語られ、わからないと首を振った。
本当はそれを理解してしまうのがなんとなく怖かったのだが、
物事を教えるのが好きな彼はなるだけわかりやすくしようと、もっとも単純に言い表してくれた。
『死んでしまったら、もうお話ができなくて、動けなくなって、目を開けてもくれない。
それが君の両親だったり、ヴィクトルや、あるいは――』
――あなた、だったら?
永遠の別れを知った私は突然泣き出し、彼を困らせてしまったのを覚えている。
彼を失うのがたまらなく恐ろしかった。
それだけは耐えられないと、胸が締め付けられた。
かつて私が抱いていたたったひとつの願い。
永遠の別れを知り、ゆえに永遠の絆を手に入れたかった。
メアリ「やめてっ! ――彼を離して!」
影から伸びる白い手。
あれは私がほしかったものだった。
この手をずっと結んでいたかった。
だってあなたは、私の大切な――
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