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メアリ「きせき?」
オーギュスト「そう、奇跡。私たちが今ここにいる。
巡る時の流れの中、この広い世界で出会えたことは奇跡だよ」


例えば、いつもより少し早起きしただけで生まれる幸運。
あるいは、少し寝坊しただけで思わぬ災害に巻き込まれる不運。
ほんのささいなことで運命はがらりと変わってしまうと教えてくれた。
人はちいさな選択を積み重ねながら生きている。
人と人とが出会う。
それは可能性でいえば偶然に思えるが、真実は選択の後に起こる必然だと。


オーギュスト「つまりお父さんとお母さんが出会わなかったら、自分は生まれなかった。わかるかい、それはヴィクトルも一緒だよ」
ヴィクトル「んー、なんとなくは」
オーギュストが隣の家に住んでなかったら、こんなふうに仲良くならなかったかもしれない。
オーギュストと一緒にいなかったら、まさかヴィクトルと接点を持つなどなかっただろう。
オーギュスト「それが奇跡」


私とオーギュストとヴィクトル。
それぞれの羅針盤が指す方向が偶然にも重なり、この時代、この辺境の村に生まれた。
私たちが出会ったのは偶然で必然。
オーギュスト――私の先生の言葉で現すなら運命の奇跡というらしい。
メアリ「とってもすてきね」
オーギュスト「そう、素敵なことなんだよ」
ヴィクトル「それじゃ俺は運が悪かった」
オーギュスト「まったくヴィクトルはいつもそういう」
メアリ「私も! 私も運がないわ!」
オーギュスト「えっ!?」
ヴィクトル「なっ……! い、今のは冗談だからなっ!?」
メアリ「だって、そんなすてきなことを知ったら、二人と離れられなくなっちゃうもの。
お嫁さんになれなくなっちゃう!」
オーギュスト「…………」
ヴィクトル「…………」
ヴィクトル「……ばかじゃねえの」
オーギュスト「そうだね、そんなこと心配することないよ。君が大きくなったら……」
メアリ「パパと結婚するって約束したのにな」
オーギュスト「…………」
ヴィクトル「…………」
オーギュスト「……彼女と一緒になるのは、本当に奇跡に近いかもしれないね」
ヴィクトル「まったくだ」


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メアリ「ここは……」
ジェラルド「余の城だ」
満月の下、赤い薔薇の咲く庭園は本で見たものと一緒だった。
いや、挿絵よりずっと現実の美しさは想像以上といえる。
メアリ「ふたりは……」
ジェラルド「そこに」


隣で眠るヴィクトルを確認し、私は安堵の息をついた。
顔は青白く体温が低いが、呼吸は安定している。
メアリ「ヴィクトル」
名を呼ぶと、目蓋が震えてゆっくり開いた。
ヴィクトル「……なんだ、その顔。変な面だな」
メアリ「…………」
メアリ「そうね、変な顔かも」
いつもと変わらず悪態をつく姿が愛おしくて、涙が込み上げる。
ヴィクトル「なんだよ。なに泣いてるんだよ」
メアリ「だって……、だって! ヴィクトルが無事でうれしいの。
だいじょうぶ? 気持ち悪くない? 痛いところはない?」
ヴィクトル「平気だって。心配しすぎだ」
メアリ「でも……っ」


ジェラルド「そなたは人並み外れた治癒能力だった。
あのような目にあって意識も混濁しておらぬとは、その精神力も目を瞠るほどだ。
気休めでなく、これからも大事無いと断言しよう」
ヴィクトル「こいつは……? あの後なにがあったんだ」
メアリ「この人は私を助けてくれたのよ」
そして挿絵そのままの庭園にいるということは、この人こそが城の主だろう。
メアリ「ありがとうございます。領主様」
ジェラルド「気にすることはない。余は最善を尽くしたまでだ」
ジェラルド「すべては運命だ」
メアリ「運命……?」
謎めいた言動はその浮世離れした美貌を一層引き立てる。
幼いながらに、領主様のあまりの美しさに見とれてしまった。


レルム「終わりました、ジェラルド様」
ひらりと私の頭の大きさほどのお人形が飛んできた。
身体のサイズをそのままちいさくした男の子は、レルムと名乗った。
お伽噺に聞く精霊かと思ったが、本人曰く一緒にしないでほしいらしい。
ジェラルド「ご苦労だった」
メアリ「あ……っ」
メアリ「――オーギュスト!」
噴水を挟んだ反対側で処置を受けていたオーギュストがやってきた。


メアリ「オーギュスト!」
メアリ「ああっ、よかった、オーギュスト!」
彼の無事を確認した途端、押し留めていた不安が決壊し溢れ出してしまう。
メアリ「ここにいるんだよね、夢じゃないよね!
怖かった……、もしオーギュストがいなくなったらって怖かったよ」
オーギュスト「メアリ……」
オーギュスト「そうだよ、私はここにいるよ。だから、どうか泣かないで」
メアリ「うん、うん……っ」


涙を袖で拭おうとした瞬間強く抱きしめられ、その胸に顔を押し付けてしまった。
そっと頭をなでられる。規則正しい鼓動が聞こえる。あたたかい。
私が不安で泣いている時は、いつだってこうしてくれた。
オーギュスト「ごめん、心配をかけたね」
メアリ「うん……っ、もしふたりと二度と会えなくなったらって思ったら、すごく怖かったよ」
顔を上げて、ふたりの手を取る。
オーギュストは素直に従い、ヴィクトルも珍しく逃げようとしなかった。
私は左右の手を重ねさせ、包み込むように覆った。


メアリ「ヴィクトル、オーギュスト……。私、あなたたちとここに来たかったの。
三人で一緒に、この景色を見たかった。
私だけじゃ意味がないんだよ。誰が欠けてもだめなの。
ねえ、これもわがままなのかな。
これからも、ずっと一緒にいたいな。オーギュストとヴィクトルと並んで歩きたいよ。
もし……、もし大きくなって離ればなれになっても、私たちの絆は永遠だよね?」


オーギュスト「そうだね……、君が望むなら」
ヴィクトル「お前がそれでいいなら」
いつかバラバラの方向を向くことになっても、この約束が私たちを結んでいるのだと。
私たちが出会えたちいさな奇跡を信じるように、未来を信じよう。
メアリ「何度生まれ変わっても、一緒にいたいな」
ヴィクトル「そりゃ世話がかかるな」
オーギュスト「楽しそうでいいじゃないか」
メアリ「うんっ!」


ジェラルド「惜しいことをした。術の影響が強すぎたのか、輪廻の破壊が地場まで及んでしまった。
永遠の命を約束されたこの庭園も、じきに滅びるだろう」
レルム「ジェラルド様、いいですか」
レルム「あの少年、かろうじて今は安定してますが、症状は深刻です。
なにせ普通の人間に魂の定着をしたのは初めてですから、これからどうなるか……」
レルム「それに、よろしかったのですか? 異端に侵されていたせいもありますが、
アルトメイデンを穢したのはあいつです。あざの残る彼女の手を見たでしょう。
花を逃がすまいと力の限り引き寄せたんですよ」
ジェラルド「生憎と、余にはそうは見えなかったが。むしろ逆に……」
レルム「逆に、なんですか?」
ジェラルド「……いや、忘れてくれ」


ジェラルド「アルトメイデンが彼らを生かすことを望んだのだ。我らに彼女を無視するなど到底できない」
ジェラルド「この世のすべてに愛されるアルトメイデン。
酷な運命だ。彼らが今宵より課せられたのは、余と真逆の宿命。
余は彼女と共になることは叶わず、彼らは彼女のそばにあればこそ、どちらも花を求めずにはいられない。
欲望に負け、禁忌に手を犯せば異端に堕ちる。
その点より過酷なのは後者だ。果たして、弱き人間に耐えられるだろうか」


ジェラルド「案ずることはない、アルトメイデン。余はこの身のすべてを賭してそなたの力になろう。
すべて余にまかせておけばいい。
アルトメイデン、その真の力が目覚める時、蕾が開花する時。
そなたの16の誕生日まで――陽だまりを抱え眠るがよい」


瀕死の中、命を救われた――確かに奇跡に違いない。
しかし、当時の私にはそれ相応の代償が払われていたことに気づけていなかった。
私の願いこそが、すべてを狂わせた。


あの時の選択が間違っていなかったと胸を張って言えるか?
死を前にしてすがりついた相手は誰だったのか。
私が結んだのは悪魔の契約だった。


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オーギュスト「私の手を、離してはいけないよ」
自分で動くことをやめてから大分経つ。
手足のやせ細った私にとって、険しい山道は厳しかった。
オーギュスト「君は昔から危なっかしいところがあるから」
オーギュスト「懐かしいね。あの頃はよくこうしていたっけ。
君はまだちいさかったけど、覚えているかい?」
メアリ「……ええ、私はオーギュストと手を繋いでいたわ」


けれどあなたは彼の身体を奪った異端。オーギュストじゃない。
あの日、私が領主の城に行きたいと言った日。
私たち三人は魔物に襲われ、身体の中に入り込んだ影が私たちを『異端』に変えたのだ。
彼がオーギュストであった最期の日。
あの時から、彼はもういなかった。
……そのことに、私はずっと気づかなかったの。


オーギュスト「さあ、あと少しだ。領主の城が見えてきたよ」
かつて私たちが目指した場所。領主様――ジェラルド様のお城。
メアリ「行って、どうするの……?」


あそこにジェラルド様はいるのだろうか。
あの方にも、一度お城へ招かれた時以来、お会いしていない。
とてもやさしい方だった。
突然の求婚ながらも私に気を配り、無理強いはしないと考えてくれていた。
村がこんなことになった今、ジェラルド様はどうされたのだろう。
一度は私を護ると言ってくれた方がこの状況にあって現れないということは、
やはりジェラルド様の身にも、すでに『彼』の魔の手が及んでいるのだろうか。


メアリ「…………」
オーギュスト「行こう、メアリ。あそこで私たちは――結ばれるんだ」




『果てない願望は、手が届かないものだからこそ尊い。
そんな奇跡を、あなたは信じられる?』




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2章 「幼なじみ ―Eine Kindheit Freund―」 END
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