村の学校にあるちいさな花壇を借りて、種を植えた。
元々はオーギュストと計画していたものだが、どこで聞きつけたのかヴィクトルも手伝ってくれた。
ヴィクトル「いつもいつも花の名前なんか覚えて楽しいのか?」
メアリ「うん、オーギュストがたくさんおしえてくれるから楽しいの」
オーギュスト「君は勉強熱心だからね」
ヴィクトル「……ふん、つまんねえの」
メアリ「今度ヴィクトルも……一緒にする?」
ヴィクトル「俺は……べ、べつに。お前がどうしてもって言うなら」
メアリ「ねえ、オーギュスト。いつ頃芽が出るかな? 明日? 明後日?」
オーギュスト「そうだねえ」
ヴィクトル「お、おい、聞けよ! そんなのより森に行けばもっといろんな花があるぜ?」
メアリ「森?」
ヴィクトル「花畑があるんだよ。俺の秘密の場所だけど、特別に教えてやるよ」
メアリ「わあ、行ってみたい!」
ヴィクトル「ここからならすぐだぜ。村を出て……」
説明を続けるヴィクトルは退屈から一転、瞳を輝かせ顔を紅潮させていた。
どんなに素敵な花畑だろう。
想像に胸をふくらませていると、間にオーギュストが割り入った。
オーギュスト「いけないよ、森は危険だ。凶暴な獣もいるし、なにより異端が潜んでいるかもしれない」
メアリ「いたん?」
オーギュスト「そう、怖い魔物のことだよ」
魔物と聞いて、前にお話してもらったおばけを想像した。
確か子供は早く寝ないと、夜中におばけが連れ去りに来るという話だった。
メアリ「おばけは、いや」
ヴィクトル「そんなのいるわけないだろ! たとえ出たとしても、俺がやっつけてやる」
メアリ「倒せるの?」
ヴィクトル「あたりまえだろ」
メアリ「強いね、ヴィクトル」
ヴィクトル「ま、まあな! だからお前も安心しろ」
オーギュスト「ヴィクトル、本当にすぐ近くなんだね?」
ヴィクトル「俺はウソなんかつかないぜ」
オーギュスト「そうか。君はどうしたい?」
メアリ「えっと……」
同時に見つめられ、決定権は私にゆだねられた。
ヴィクトルに連れられまだ見ぬ花畑に行くか、オーギュストのいいつけを守るか。
メアリ「わたしは……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
メアリ「わあ……っ!」
ヴィクトルに案内され森を進むと、やがて開けた場所に出た。
視界いっぱいの花畑が目に飛び込んでくる。
メアリ「すごいすごい! とってもきれい!」
ヴィクトル「あっ、おい待てよ!」
オーギュスト「メアリ、急に走ったら危ないよ」
メアリ「だいじょうぶだよ。二人も早くこっちに来て!」
オーギュスト「まったくおてんばなお姫さまだね」
ヴィクトル「さっきまであんなに怖がってたくせに」
手までつないでいたくせにげんきんなやつだ、とあきれていた。
メアリ「ありがとう、ヴィクトル」
ヴィクトル「なにがだ?」
メアリ「こんなすてきな場所をおしえてくれて、ありがとう」
ヴィクトル「ん……、まあ、気に入ってくれたなら、べつに」
オーギュスト「よかったね、メアリ」
メアリ「うんっ!」
美しい花々に囲まれ、至福のひとときを過ごす。
三人で語らい、時に駆け回り、穏やかな日差しの元で笑いあう。
あたたかい陽だまり。私のたからもの。
こんな幸せな日々が続いていくんだと、信じて疑わなかった。
花輪を作りながらオーギュストと話していると、どこからか寝息が聞こえた。
声の主を探すと、私たちの会話に飽いたのか、花のベッドで埋もれるように眠っていた。
メアリ「ヴィクトル、起きて」
オーギュスト「そっとしておいてあげよう。この陽気さ、風邪もひかないだろう」
メアリ「うん、わかった」
ヴィクトルの頭に完成した花輪をそっと乗せて、私も隣に寝そべった。
空を仰ぐと、山の頂に大きな城が見える。
メアリ「あのお城には誰が住んでるの?」
オーギュスト「あそこには領主様がいるんだよ」
メアリ「りょうしゅさま?」
オーギュスト「そう、東の地を統べる領主。古来よりこの地方を見守ってくださっている方だ」
メアリ「すべる……こ、らい?」
オーギュスト「とってもえらい人だってこと」
メアリ「はい。りょうしゅさまは、えらいひと」
オーギュスト「この村にとっては守り神みたいな方だよ」
メアリ「かみさま? 教会の?」
オーギュスト「うーん、そういうのとはちょっと違うんだけど」
メアリ「……むずかしい」
メアリ「オーギュストは会ったことあるの?」
オーギュスト「残念ながらないよ。領主様が城から出た話は聞いたことがないし、なにより誰も城に近づけないんだ」
メアリ「どうして?」
オーギュスト「……どうしてだろうね」
それはなんでも知っているオーギュストにもわからないことだった。
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やがて三人で過ごすのが当たり前になり、楽しい時は光の速さで過ぎていった。
私は永遠を信じていた。
輝かしい日々が終わる時など、考えてもみなかった。
いつしか私は幸福に酔っていたのだ。
繰り返される平穏な日々に飽き、危険を犯すことで退屈より脱却しようとしていた。
結果として、私たちが同じ方向を向いていたのはこの日まで。
きっかけは些細なことで、終わりを告げたのはちいさな好奇心だった。
メアリ「領主様のお城に行ってみたいの」
二人は花畑に呼び出され、思いがけない私の提案に目をまるくした。
ヴィクトル「……だめだ」
先に反対したのは意外にもヴィクトルだった。
ヴィクトル「城には誰も近づけないって知ってるだろ。行くだけムダだ」
メアリ「それが本当かどうか確かめるの」
ヴィクトル「たどり着けても、城には貴族がいるだろ。危ないんだ」
私の言う『領主』とヴィクトルの『貴族』とは同じものを指し、つまるところどちらも『異端』だ。
理からはずれた異端は、人の生活を脅かす魔物。
進んで異端の巣窟に近づこうなど自殺行為に等しく、ヴィクトルが止めるのも無理はない。
メアリ「領主様は村の守り神なんでしょう。恐ろしい魔物とは限らないよ」
ヴィクトル「わからないだろ」
メアリ「わからないから、見に行くの」
先日、両親に連れられ初めて入った村長さんの家で、私はひとり本を読んでいた。
難しい文字ばかりで内容はわからなかったけれど、添えられた絵があまりにきれいで一瞬にして心奪われた。
白皙の回廊を蔦が辿り、赤い薔薇を咲かせている。
中央に据えられた噴水は月光を浴び、宝石を散りばめたように輝いていた。
浮世離れした美しい庭園。
その挿絵の下には、『領主様のお城』と書かれていた。
メアリ「領主様に合わなくてもいいの。お城を少し見たいだけ」
本で見た楽園に、二人を連れて行ってあげたかった。
大好きな友人と一緒に、あの美しい光景を目に留めたい。
『永遠』を思わせる美しいだろう庭園で、私たちの永遠の絆を誓いたかった。
ヴィクトル「だめだ、なにかあってからじゃ遅いんだぞ!」
メアリ「ヴィクトル……」
私が一言『ひとりでも行く』と言えば、頑固なヴィクトルもたやすく折れるだろう。
私はお姫様で、二人は私の騎士。
いつからか大人たちにそう評され、しかし嫌な気はしなかった。
ヴィクトル「泣いてもだめだからな! 俺は――」
オーギュスト「いいよ」
ヴィクトル「なっ!」
オーギュスト「一緒に行こう、メアリ」
メアリ「本当っ、オーギュスト!」
オーギュスト「ああ」
ヴィクトル「待てよ! どうしてお前が……っ」
いつもなら一番に止めるはずなのに、とヴィクトルは困惑していた。
私としても、普段冷静な彼が危険を顧みないことに少なからず違和感を覚える。
オーギュスト「おかしいことはないよ。謎を解き明かしたいと思うのは至極当然だ」
オーギュスト「――私は、知りたいんだ。貴族が、異端がなんなのか」
きっかけは些細なもの。
第一は、少女の退屈。
貴族の城に心を奪われ、友と永遠の絆を望んだこと。
第二は、少年の探究心。
未知の事柄を知り尽くそうとする彼にとって、避けては通れぬ道だったこと。
第三に、少年の自惚れ。
自身の力量を誤り、危機に陥ったとしても自分が友人たちを助けられると思ったこと。
そして、それぞれの心に湧くわずかな好奇心。
ちいさな村は子供たちにとって箱庭だった。
隅から隅まで知り尽くした村を捨て、未知に焦がれた。
これは不幸な偶然。
誰が悪いなどと責めたてられない。
村で定期的に行われる会議。箱庭の門が開いていたわずかな時間。
大人たちの隙をついた子供の悪戯だった。
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