私の髪を丁寧にとかしながら、彼は再度問うた。
オーギュスト「たまには外に出ないと、弱ってしまうよ。花だって同じだろう?」
メアリ「私は、お花……?」
言われればなるほど、自分は根を断たれ摘み取られた花に等しい。
それまでの環境を変えられ、己を刈り取ったものの望むままに生かされている。
オーギュスト「君はとてもきれいな私の花だよ」
だからこそ手入れを欠かさず、少しの妥協も許さず、
最高の状態を保つため、愛情をもって接する。
大切な花が過剰な肥料を注がれ、毒に犯されているとも知らずに。
知らず息が漏れたのは自嘲だったか。
オーギュスト「メアリ?」
メアリ「……ええ、外に出ましょう」


首都から遠く離れた辺境の地として、昔から賑やかな村とは言えなかった。
閉鎖的で、簡素。
およそ娯楽に関しては皆無に等しかったが、それでも私にとって大切な故郷だった。
家族同然に慕う人たちと暮らし、聖職の身につきながら学校に通わせてもらった。
私の愛した彼らと彼女たち。
それは過ぎ去りし過去。取り戻せない私の陽だまりだ。


オーギュスト『ほら、いい天気だよ』


開け放たれた扉から、生ぬるい風が過ぎ去った。
死人のような冷たい手に導かれ、一月ぶりに陽の下に出る。
そして目蓋を開き、私は絶望を思い出すのだ。


何気ない日常を、大切な人たちと過ごした輝かしい思い出の場所。
私の愛したちいさな世界――今は、見る影もない。


人間などいない。生命の息吹が感じられない。
建物はそのままに神隠しのようにあらゆる生物が消えてしまっている。
『消えた』
その意味するところは考えたくない。
オーギュスト『メアリ?』
彼が。
オーギュストが。


『村の連中を全員■■して私と君だけの世界をつくるんだ』
『君を苦しめるもの傷つけるもの全部■■してあげるから』


私は目蓋をきつく閉じ、耳を塞いでいた。
そうしなければ、耐えられるはずがなかった。
忘れられない。魂に染み付いて離れない。
あの時起こったこと、すべてが。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
不協和音。濃密なにおいに吐き気をもよおす。
赤い絵の具を零したような凄惨な場面に、五感のすべてが塗りつぶされる。


肉を断ち、骨を砕き、命の飛沫が降り注ぐ。
日頃から彼は常に平等だった。それが教師である彼の誇りでもあった。
男も女も老人も子供も家畜に至るまで平等に接した。
平等に砕き、嬲り、蹂躙し、破壊した。


彼にとって例外があるなら、それは私。
私だけが特異で、ゆえに生贄だった。


心は後悔で埋め尽くされる。
なぜ、私だけ生きているのだろう。
私がいなければ、こんなことにはならなかったのかもしれない。
私が領主様に見初められなければ。
貴族の生贄に選ばれたのは他の誰でもなく、ならば壊れるのは私だけでよかった。
オーギュスト「メアリ、泣いているのか! どうしたんだ、どこか痛いのかい?」
いつのまにか頬を伝っていた涙に気づいた彼が声を荒げる。
幼い頃、私が泣いていると彼はいつだって慰めてくれた。


『メアリ。メアリ。私のメアリ。どうして泣いているんだい。誰にいじめられたんだい。
可哀想なメアリ。私のメアリ。君を傷つけるものはなにもないよ。
だからもう泣くのはおやめ。安心して。信じてくれるね。
君を脅かすものすべて――私が壊す(まもる)よ。
ああ、愛しいメアリ』


オーギュスト。
陽だまりの一部だったはずの『彼』が、大切な日常を壊した。
初めに壊れたのは彼の心だったのか。
彼の魂が衰弱し、ひび割れて言ったきっかけを探す。


私を取り巻く環境が変化したのは、おかしな夢を見始めたのと同時期だ。
真紅のドレスをまとった少女と、その恋人。
炎に包まれた教会と、私の腕の中で冷たくなっていくダニエラさん。
理解できないものと括れば、悪夢の連続だった。


現実では同時期に、西の領主であるジェラルド様が現れ、異端審問官のコンラッドさんが村に派遣された。
どこが破滅への始まりだったのだろう。
やり直しがきくなら、私はどこまで遡ればいいのだろう。


ジェラルド様に出会った瞬間か?
コンラッドさんが訪れ、私を審問したあの日か?
自警団に拘留されたあの夜か、夕暮れの教室で涙を流す彼を抱きしめた時か?


いっそのこと、私たちが出会ったことさえ間違いだったのだろうか。
幼い頃、私たちが、 出会わなければ―― 、、、、、、、  


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
メアリ「……っ」
突如、鈍器で殴られたような頭痛が奔る。
今のは、なに……?
記憶にノイズが混じる。手繰ろうとする思考を遮られる。
オーギュスト「メアリ?」
よろめき倒れそうになる私を抱きとめる。
不安そうにのぞきこむ表情は昔のままで、それだけに赤褐色に変化した瞳だけが異質だった。
肩を抱く手は優しく、しかし体温を感じられないのがたまらなく悲しかった。
メアリ「オーギュスト……」
――私たち、初めから間違っていたの?


メアリ「私とあなたは、いつ出会ったの」


出会いなど、時間にしてみればほんの刹那。
まして私たちは幼なじみなのだから、幼少の記憶を正確に覚えているのも稀だろう。
劇的な始まりか、よほど印象的なものでなければ忘れてしまうのも無理はない。
しかし――

思い出せない。
私の記憶は、ある一定のライン以前が空白だ。
なにも思い出せない。わからない。知らない。
記憶に形があるのなら、きれいに切り取られ、抜け落ちているようだった。


オーギュスト。
ヴィクトル。
私は一体いつ彼らと出会ったのか。



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